認知症の相続人は、判断能力の低下から財産上の不利益を被る恐れがあります。
そこで財産管理や取引をサポートするのが「成年後見人」です。
今回の記事では、相続における成年後見人の概要から各種手続きの流れまでを解説しているので、ぜひ参考にしてください。
目次
相続で成年後見人を立てたほうがよいケース
相続人の判断能力が不十分な場合、成年後見人の選任を検討しましょう。
判断能力が十分かどうかは、病院の診断結果等をもとに、家庭裁判所が審査を行います。
診断内容から判断能力が不十分と認められれば、成年後見人を立てることができるというわけです。
認知症の相続人が遺産分割協議をするには成年後見人が必要
遺書が残されていない場合で、認知症の相続人が遺産分割協議をするには成年後見人が必要です。
たとえば、遺書を残さず亡くなった父の遺産分割協議を行う際、相続人である母が認知症患者である場合で考えてみましょう。
認知症に伴い判断能力が低下していると、遺産分割協議等で有利な主張をすることができません。
このような場合に本人の相続の権利を守るため、成年後見人を立てる必要があるのです。
【例外】遺言書に記載があれば成年後見人は不要
認知症の相続人がいたとしても、遺言書に記載がある場合は遺産分割協議を行わないので、成年後見人を立てる必要はありません。
ただし、相続した不動産や土地の登記変更手続きが発生する場合などでは、成年後見人を立てる必要があります。
【選任対象】相続の成年後見人には誰が選ばれる?
成年後見人は家庭裁判所によって選任されます。
成年後見人になるための資格などは特になく、親族、福祉や法律の専門家などが対象で、近年では親族以外の専門家が担うケースがほとんどです。
なお、成年後見人は1人の場合もありますが、複数人選任されることもあります。
成年後見人になれる人
成年後見人の対象者は以下の通りです。
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親族の中で成年後見人になれない人
以下の2項目に当てはまる場合は、親族であっても成年後見人にはなれません。
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民法上の欠落事由に該当する場合
民法847条では、成年後見人の欠格事由として次の人が定められています。
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利益相反が発生する場合
本人と親族との間で利害関係の対立が生じている場合にも親族が成年後見人になることはできません。
たとえば、本人と成年後見人の両方が相続人の場合、成年後見人が本人の代わりに遺産分割協議を行うと利益相反となります。
このように本人の不利益になる可能性がある場合には、第三者である専門家を成年後見人として選任しましょう。
【種類別】相続で成年後見人を立てるメリット・デメリット
成年後見人制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。
それぞれのメリットとデメリットについて考えてみましょう。
法定後見制度のメリット・デメリット
法定後見制度は本人の判断能力が不十分になってから利用できる制度で、症状が重い順に「後見」「保佐」「補助」の3種類が用意されています。
法定後見制度のメリット・デメリットは以下のとおりです。
メリット | デメリット |
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任意後見制度のメリット・デメリット
任意後見制度とは、本人の判断能力があるうちに任意後見人を選び、事前に委任する内容を取り決めておく制度です。
任意後見制度には、以下のようなメリット・デメリットがあります。
メリット | デメリット |
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相続で成年後見人を立てる際に知っておきたい5つの注意点
相続で成年後見人を立てる際に、注意すべきポイントを5つ解説します。
横領のリスクがある
成年後見人を立てる上で最も注意したいのが成年後見人に財産を横領されるリスクです。
成年後見の申立件数が毎年約27,000〜28,000件あるなかで、横領は毎年約500件も起こっています。
なかでも9割以上が親族後見人による犯行であり、これも専門家の選任が増えている理由の1つです。
相続後も成年後見人は継続する
相続手続きが終わったあとも、成年後見人を辞めさせることはできません。
一度成年後見人として選任されると、事故などで動けないなどの特殊な状況でない限り解任することは原則不可能です。
また、仮に解任をした場合でも、新たに別の人を成年後見人とする必要があります。
相続のために成年後見人を立てると、被後見人が亡くなるまで契約費用がかかることを踏まえておきましょう。
成年被後見人の財産が動かせなくなる
成年後見人を立てている場合、被後見人の財産がロックされ容易に動かせなくなります。
裁判所や成年後見人が認める「本人の財産を維持するうえで問題ない」範囲でしか財産の処分などを行えません。
一部の相続税対策ができなくなる
成年後見人を立てると、「生前贈与」や「生命保険契約」、「養子縁組」といった逸部の相続税対策ができなくなります。
これらの相続税対策を考えている場合は、自身で判断できるうちに進めておくようにしましょう。
一部の法的行為ができなくなる
成年後見人を立てると、被後見人のあらゆる法律行為に制限がかかります。
以下のような制限が設けられているため、慎重に検討してから成年後見人を立てるようにしましょう。
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たとえば、被後見人が会社の役員として収入を得ていた場合、役員から外れなければならないので収入が途絶える可能性もあります。
【手続きの流れ】相続で成年後見制度を利用するには
成年後見人制度を利用するには次の流れで行います。
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また、手続きがすべて終了するまでには4か月程度要することも把握しておきましょう。
①書類の作成
申立書類の作成にあたり、以下のような必要書類を収集します。
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まずは、本人がどの程度の支援を必要とする状態なのかを判断するため、かかりつけ医や近隣の内科、精神科などで診断書を取得しましょう。
申立書類一式は家庭裁判所で取得できます。
家庭裁判所によって様式が異なるので、本人の住所地を管轄する家庭裁判所で取得しましょう。
家庭裁判所のwebサイトからのダウンロードや郵送で受け取ることも可能です。
必要書類が集まったら、申立書類の各項目を記入しましょう。
②家庭裁判所への申立て
申立書類と必要書類の準備ができたら、本人の住所地を管轄する家庭裁判所へ申立書類一式を提出します。
申立て後は、家庭裁判所の許可がなければ取り下げられないので、後見人をつけるかどうか再度検討してから提出しましょう。
③審理開始
申立書類提出後、家庭裁判所で審理が開始されます。
審理には書類の審査や本人の状況など総合的に判断され、審判までの所要時間は1~3か月程度です。
また、審理中には以下のような面談も行われます。
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また、提出した診断書では特定できない場合は、別途医師による診断・鑑定も実施されます。
④審判、成年後見人の選任
審理が終了すると後見開始の審判が下され、適任と思われる人が成年後見人に選任されます。
成年後見人に対する報酬もここで決定されます。
さらに審判書選任された成年後見人に送付され、手元に届いてから2週間以内に不服申し立てがなければ成年後見開始が確定します。
⑤成年後見の登記
審判が確定し、成年後見人の選任が終われば、裁判所は東京法務局に成年後見登記の依頼を行います。
成年後見登記は裁判所の依頼から2週間ほどで完了し、成年後見人は通知された登記番号をもとに法務局にて登記事項証明書を取得します。
この登記事項証明書は被後見人の財産の調査や預金口座の解約など、成年後見人のさまざまな手続きに必要です。
【報酬目安】専門職の成年後見人に支払う報酬はいくら?
成年後見が開始されると、成年後見人に対して報酬の支払いが発生します。
弁護士などの専門職の成年後見人に対しての報酬額は家庭裁判所によって目安が示されているので参考にしてください。
通常の成年後見業務を行った場合の報酬を基本報酬とし、身上監護などの特別困難な事情や遺産分割調停などの特別な業務を行った場合には、基本報酬の50%以内で付加報酬が発生します。
専門職の成年後見人をつけた場合、報酬の目安は以下の通りです。
管理財産額 | 報酬額(月) | ||
基本報酬 | 通常の成年後見業務 | 1,000万円以下 | 2万円 |
1,000万円~5,000万円以下 | 3~4万円 | ||
5,000万円超え | 5~6万円 | ||
付加報酬 | 身上監護など | 基本報酬額の50%以内 | |
特別な業務 | 相当額の報酬 |
なお、親族が成年後見人の場合は報酬を申立てないことがほとんどですが、申立てが合った場合は、上記の目安を参考に状況に応じて減額される場合があります。
成年被後見人が死亡したらどうする?
成年被後見人が死亡した場合、成年後見人の権限は消滅し、後見は終了します。
成年後見の終了事由に該当するのは、成年後見そのものが終了する「絶対的終了事由」と、成年後見人の交代が必要になる「相対的終了事由」の2種類です。
成年被後見人の志望は、このうちの絶対的終了事由にあたります。
被後見人の死亡で成年後見は終了する
被後見人の死亡により、成年後見は終了し、成年後見人の代理権は消滅します。
その場合、成年後見人は相続の手続きをせず、財産は相続人へ全て引き渡します。
相続に関しては成年被後見人の相続人が行うため、速やかに財産を引き渡しましょう。
葬儀、告別式に関しても、基本的には成年後見人は関与しません。
財産の引き渡しについて、被後見人の相続人が複数いる場合は、トラブルにならないよう、代表者に財産を引き渡す旨を他の相続人に必ず同意を得るようにしてください。
また、自身が相続人で、引き続き財産を管理する場合においても、他の相続人からの同意を得るようにしましょう。
成年後見人が行う手続き
成年被後見人が死亡した場合、成年後見人は成年後見終了の手続きを行います。
成年後見人が成年後見終了のために行う手続きは以下の4つです。
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成年後見終了の登記
成年後見終了の登記では、成年後見人本人による申請が義務付けられています。
以下の必要書類を東京法務局後見登録課に提出しましょう(郵送も可能)。
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財産目録の作成
被後見人の死亡から2か月以内に財産管理の収支を計算し、財産目録を作成します。
財産目録の内容は、財産を引き継ぐ相続人に報告しましょう。
財産の引き継ぎ
被後見人の財産は、速やかに相続人に引き渡します。
成年後見人は相続手続きを行う必要がないため、そのまま相続人に引き継ぎましょう。
成年後見事務終了の報告
財産管理の計算と相続人への引き継ぎが終了したら、被後見人の住所地を管轄する家庭裁判所へ成年後見事務の終了を報告します。
報告には以下の書類が必要です。
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成年後見人の死後事務とは
被後見人の死亡後はあらゆる事務作業が発生しますが、成年後見人は死後事務を担当できません。
ただし、応急処分義務と呼ばれる「急迫の事情がある場合に必要な処分をしなければならない義務」があります。
成年後見人ができる死後事務の要件や範囲は以下の通り民法に定められています。
要件 | 成年後見人が該当事務を行う必要があること 被後見人の相続人が相続財産を管理できる状態に至っていないこと 成年後見人が該当事務を行うことが、被後見人の相続人の意志に反していないこと |
範囲 | 相続財産に属する特定の財産の保存 相続財産に関する債務の弁済(弁済期が到来しているものに限る) 本人の死体の火葬・埋葬に関する契約、その他相続財産の保存に必要な行為 ※家庭裁判所の許可が必要 |
成年後見人の疑問や相続についてのご相談は林商会にお任せください!
成年後見制度は、認知症などで判断能力が低下した相続人の権利を保護するために欠かせない制度です。
ただし、成年後見人による横領リスクや一部の相続税対策ができなくなるなど、注意したい点がいくつかあります。
さらに一度登記したあとは被後見人の死亡時まで契約が継続するため、少しでも不安な場合は申請前に専門家へ相談するのがよいでしょう。
林商会では、相続分野に精通した弁護士・税理士などが随時相談を承っています。
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まとめ
成年後見人制度は、被後見人の意志を継ぎ、適切な判断のもと財産を管理できるという意味では非常に有効な制度です。
ただし、報酬が発生することや一部の権利を失うことなどを考慮して、慎重に検討したうえで手続きに進むのがよいでしょう。